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ちょっと長くなるので、一つ前の投稿「大英博物館の功罪」におけるmiuくんのコメントに対するお返事を「途上国の実際」や「途上国の視点」も交えてこちらでしたいと思います。miuくんに対する返事ですが、もし宜しければ他の方もコメントをください。稚拙な文章ですが、勘弁してください。がんばってもう少ししっかりした文章が書けるようになります。
土地、国家、民族、人種、宗教・・・。何を「返還」してもらうことの根拠にするのか。誰が何に対してどのような所有権を有しているか。その辺りは国や人によっても見解が違うし、当然時代によっても違う。だから難しい問題なのだと思います(「当時としては合法的に持ち出した」とか、「時効が成立している」とか、「3千年前の○○人と現代の○○人は違う」と主張する人もいるかもしれません)。例えば、パルテノン神殿が仮にどこかを「侵略」や「制圧」したことによる、またその時代の権力者の「圧政」によるところの成果品だとしたら、(旧大英帝国としての)英国政府や大英博物館はそのことを彫刻群を返還しないことの正当化にも使え得る。だってその彫刻群がどこにあるかの問題以前に、どのような背景で作られたかの前提がそうなのだから。「侵略」や「圧制」がなければその彫刻群自体存在していなかったことになる。でもそういった過去のことを、大英博物館は彫刻群を収蔵し続けることの正当化には使っていません。仮に、我々のモノや金の所有が過去においても現在においても、我々に見えていようがいまいが、どこかで誰かを搾取したことによる結果だとしたら、場合によっては我々のそういったものに対する所有権というものの根底までが崩れてしまいます。我々が我々の現在の生活を維持できなくなる訳です。先進諸国がその国家、国民の利益を損なうようなことは基本的にすることはありませんが、でも、仮にその覚悟があればこういった返還問題に対する彼らの態度も多少変わってくるでしょう。でも、実際のところ問題はモノや金という表面的なことではないようにも思います。いくらいろんなものの権利を世界に対して主張し、先進諸国もそれに合意し、それらを与えられたとしても、知識や技術や経験ややる気を持たずに世界に対抗できるはずはないですから。先進諸国の多くは国際協力の分野においては、魚ではなく釣り道具を供与したりその使い方に関して技術移転をしたりするように努めていますが、残念ながら近代世界システムによるところの現在の「不平等」は当分解消されることはないでしょう。 この国を含むカリブ海諸国には、根底ではグローバリゼーション(経済などの地球規模化)に反対の人がかなりいます。そういった人たちは、過去には西洋諸国は我々のいろんなモノを奪っていったと言いますし(大英博物館にはセントキッツのモノは何も収蔵されていませんが)、現在は世界経済が自分達に不平等に働いていると主張します。実際のところ数字上で現在の「不平等さ」がどの程度なのかは分かりませんが、むしろ歴史的に抑圧されたことによる感情的な部分が大きいようにも感じます。もしかしたら実際には返還してもらうべきモノも、搾取されているモノも言うほど多くはないのかもしれません(どこまでを「返還」の対象にするかや、「搾取」をどう定義するかにもよりますが)。でも、仮に何かひとつでも返還してもらうべきだと考えられているモノがあり、実際返還してもらったとすれば、そのこと自体が事実として歴史に刻まれることでしょう。奴隷貿易や奴隷制度の記憶を彼らが世代を超えて持ち続けるように。そういった意味において、モノを取り戻してもその事実がなかったことになることはあり得ません。カリブ海のアフリカ系住民が辿ってきた経歴を消し去ることができないように、そのモノがたどってきた経歴というものは消し去ることができないのです。例えば、現地の博物館でその取り戻したモノを展示することにするのであれば、そのモノの辿ってきた経歴をも展示解説板に記すというのも一つの方法でしょう。彼らはおそらく過去という無形のモノをも取り戻したいとすら感じていることでしょう。アフリカへの回帰論やラスタファリ運動が示すように。それでは、いろんなものを取り戻すこと(権利を主張すること)で彼らは一体どうしたいのか。自信を取り戻す。アフリカ人としてのアイデンティティを取り戻す。そしてアフリカ系の人々に生きる力を、大多数がアフリカ系住民の国家に主権を・・・といったことではないかと思います。そして、その過程や成果のひとつが自らの歴史・文化を展示する博物館の設立なのです。 ちょっとまとまらない文章になってしまいましたが、こんなところでしょうか。
ご存知のように大英博物館は世界最大級の博物館で、世界中の考古学遺物や民族誌資料、美術品など700万とも1000万ともいわれる品々が収蔵されています。現在では旧植民地諸国などからの国外への持ち出しが不可能な貴重品も多く収蔵され、しばしば「その文化財は我々のものだ」と主張する政府や人々から返還要求を突きつけられます。
そのためでしょうか、ウィキペディア(Wikipedia)の「大英博物館」の項目にも書きましたが、世界中の博物館との連携による国際巡回展プロジェクトや、イラクやケニアなど途上国の博物館への技術協力を実施するなど、いろんな形で世界の博物館に対してキャパシティ・ビルディング(能力向上支援)などにおいて貢献しようと努めています。国際巡回展に関しては、当然日本にも行くことがありますが、大英博物館の東アフリカ・コレクションとケニアの国立博物館のコレクションなどをケニアの学芸員の協力の下にセレクションして東アフリカ諸国を巡回するなど、世界中の博物館、学芸員、モノなどを結集して展覧会が行われます。技術協力としては、ケニアにおける博物館スタッフへの博物館学ワークショップを開催したり、イラクの国立博物館での大量の収蔵品略奪事件に際しては学芸員や保存専門家らをいち早くイラクに派遣したりするなど、積極的に国際貢献に努めています。 また、大英博物館の貢献は、国外だけではなく国内でも行われています。英国内の他館同様、博物館教育プログラムが充実しており、学校との連携プログラム、家族向けプログラム、大人向けプログラムなどが実施されていますが、それのみならず、障害者や移民・亡命希望者などいわゆる社会的弱者のためのプログラムも組み、アクセス・オフィサーと呼ばれる専門のスタッフまで配置して社会貢献に努めています。今年7月に終了するまでは、「アジア美術ディプロマ・コース」という大学院修士課程レベルのコースも博物館教育プログラムの一環として提供するなど、いろんな人たちの、いろんな要求に、いろんな形で答えられるように、博物館に接してもらういろんな方法を日々考え実行しています。 博物館の国際貢献に関しては、来館者の約56%が外国人来館者であるということや現在も続く旧植民地諸国などとの強いコネクションも関係していると思いますが、有名な博物館だけに批判も大きいので、そういった批判に少しでも答えたいという気持ちから来ている部分もあるのではないかと思います。大英博物館側は、批判は批判として真摯に受け止め、批判する側も有名な大英博物館だけでなくヨーロッパには他にも同様の「負の歴史」を持つ博物館があるということの認識を持ち、現在のいろいろな国際貢献・社会貢献といった正の部分もバランスよく見ることができたら、少しはお互いの理解も深まるのではないかと思います。 今後、(「途上国」といわれる国々とかなり重なる)非西洋世界の人々の自らの歴史・文化を再認識・再構築する運動の高まりに伴い、文化財返還要求や先進諸国の民族学博物館などへの批判は更に強まることが予想されます。しかしながら、それが過激な批判や運動につながった場合、それら対象者(博物館など)を頑なにさせるだけでなく、双方に所属する一般市民や国際社会をもしらけさせ大きなうねりにつながることはあまりありません。とは言え、時に過激ともとられる運動がある社会全体に浸透する場合もあります。そういった時のために、「文明の衝突」を抑制するような国際社会の成熟と規制も必要になってきます。だからこそ、いろんなことの正負両面をバランスよく見ることのできる感覚が今あらためて世界中の人たち一人ひとりに求められているのではないでしょうか。 参照: 「大英博物館」(2007年9月17日 (月) 16:40 UTCの版)『ウィキペディア(Wikipedia)日本語版』。
ご無沙汰していました。やっとブログの書き込みに時間が取れるようになりました。
今日は、大英博物館アジア美術ディプロマ・コースに関して、実際に学生として受講した感想などを少しお話します。 まず、授業に関して。授業は「理論」と大英博物館所蔵品などを用いた「実践」の両面から行われていました。実際に博物館所蔵のものを触らせてくれる時間や他博物館・美術館などへ研修旅行もあるので、楽しみながら学べます。9月から始まる来年度は、年度末まで合計4コースあると思いますが、4コースがそれぞれなかなか面白いコースだと聞いています。 次に、講師陣に関して。世界的にも有名な研究者も含めて、大英博物館学芸員やイギリス国内外から多くの方々がいらっしゃいますので、その講義を聴くことができるだけでもかなり有益でした。気に入った先生と連絡を取り合えば、うまくすると大英博物館や大英図書館のインターン・ボランティアにつながる可能性もあります。実際、それら2組織にインターンとして入った元受講生を何人か知っています。そのうち3人は日本人です。 それから、学生に関して。いろんなバックグランドの人が世界中から参加しています。これから、博士課程にアジア美術専攻で進みたいという学生、美術ディーラー、個人コレクターなどなど。ちなみに、みんなかなり勉強します。僕は日本人なので「The Classical and Decorative Arts of Japan & Korea 」では、みんなにいろいろ教えてあげよう、と思っていたら、学期が始まって数週間も経つと、むしろ私より物知りになっていた学生もいました。 なお、大英博物館はもともと学校として設立された訳ではないので、学校としての機能(たとえば、学生のためのパソコン、コピー機など)はあまり充実していません。そのかわり、コース期間中は大英博物館職員と同等のメリット(職員エリアの出入り、ミュージアム・ショップでのディスカウント、大英博物館で行われるレクチャー等の無料参加、英国内他館の入場無料など)があるので、授業以外から得るものもたくさんあります。 いずれにしても、博物館がこうした高等教育レベルの学習の機会を、学校や家族向けの学習プログラムと並行して行っているというのは、特筆すべきことだと思います。他館や大学との連携や大英博物館内の部門間の連携などを、「裏方的視点」で観察するのが面白かったです。また、ある国の歴史や文化が、実は、その国内だけの歴史・文化を知るだけでは説明しきれないという、あまりにも当然のことを、日本以外の国で受講することによって、あらためて認識させられました。あと、西洋人のアジア文化へのまなざしを知る上でも非常に興味深かったです。イギリスにおいて、あえて「アジア美術」を学習するとすれば、こんなところにその理由を求めることができるのではないでしょうか。 Africa Live@The British Museum
大英博物館でも、テロの影響はいろんな場面で出ています。
セキュリティー確保のため、博物館北側のノース・エントランスは、1回目のテロ以降閉ざされたままです。唯一開けているメイン・エントランスのゲートでは、警備員が荷物チェックをしています。先日(2回目のテロが起きる前)は、ある2人の観光客がスーツケースを持ち込んではいけないと警備員に言われ、しかたなく入り口のところにチェーンでつないで置いていたら、警備員に発見され、館内すべての人が避難する騒ぎになりました。同様の避難騒ぎが別の日にもう1度ありました。その時は、トイレに「不審物」が放置されていたようです。 1回目のテロ直後、イスラミック・ギャラリーとアフリカン・ギャラリーが閉鎖されたと、博物館でボランティアをしている韓国人の友人から聞いたので、ちょっと驚いて見に行ったら、開いていました。フロア・スタッフに聞くと、「イスラム、アフリカ、メキシコ、韓国の各ギャラリーが数日間閉鎖されていたが、今日の午後からまた開いた」とのことでした。どうも、テロの影響で地下鉄が運休していたため通いたくても通えない職員が大勢おり、一部の展示室を一時的に閉鎖せざるを得なかったとのことで、別に、一部の人が心配した「イスラムやアフリカの展示が一部来館者による攻撃の対象になったりするのを防ぐため」などということではなかったようです。ちょっとホッとしました。 ただ、博物館のマネージメント・レベルもピリピリしているようで、全博物館職員に対してセキュリティを徹底するよう通告が出されました。博物館のオフィスで働いていても、特に2回目のテロ以降、あちこちからパトカーなどのサイレンが聞こえてきます。テロ以降確実にその数が増えました。増えたといえば、歩行者と自転車の数も。 また、1回目のテロが発生してから1週間たった14日正午、犠牲者を追悼する2分間の黙祷が英国全土で行われましたが、大英博物館でも来館者や職員らが黙祷しました。2分間というのは意外と長いもので、いつも賑やかな博物館の正面玄関前屋外スペースがシーンとなり不思議な感じでした。仕事の忙しさにかまけてしっかりと事件を振り返ることのなかった自分にとっては、いろいろ考えさせられる2分間でもありました。 ロンドンに、再び平穏な日々は訪れるんでしょうか?
と、ちょっと過激な表題にしてみました。
大英博物館には、数ヶ月前までは2種類のボランティア事業があり、それぞれ別部門が担当していました。ひとつは、「アイ・オープナーズ事業」という展示室におけるギャラリー・ガイドのボランティア・プログラムで、学習情報部門のボランティア・プログラム専門職員2人が総轄責任者とそのアシスタントをしていました。もうひとつは、「ハンズ・オン事業」という展示室に置いたテーブルで来館者に博物館収蔵品を実際に触ってもらい、その収蔵品に対する理解を深めてもらうボランティア・プログラムで、大英博物館フレンズという友の会事務局のボランティアの一人が総轄責任者をしていました。 さて、これらのボランティア事業、2つあっても効率的でないとして、博物館のマネージメント側が、それらの統合と統合事業の人事部門への移動を命じました。この決定に、主にアイ・オープナーズのボランティアや学習情報部門職員の多くが反発。理由は、アイ・オープナーズ事業に真摯かつプロフェッショナルなレベルで取り組んできた担当職員2人が首を切られたからです。確かに統合すれば、総轄責任者は一人で良いのは確か。これからは、大英博物館フレンズのボランティアが統合プログラムの総轄責任者を一人でしていくことになります。しかし、問題はそう簡単ではありません。 まず、新しく統合ボランティア事業の総轄責任者になった旧ハンズ・オン事業の総轄責任者は、それまでもこれからもボランティアとしての立場で総轄責任者をするというのです。つまり、一ボランティアが150人ほどのボランティアを総轄することになる。法的に問題があることがひとつ(学習情報部門職員談)。実際にアップアップでまとめ切れてないのがもうひとつ(僕の観察による)。最後に、ボランティアであるその総轄責任者、2事業の統合などに反発していた旧アイ・オープナーズ事業のボランティア2~3人の首を切ったのです。つまり、一ボランティアが別のボランティアの首を切るという、前例のない事態が発生したのです。また、それ以前に2つのまったく違った事業を統合し、慣れないボランティアの人間にすべてを任せようというマネージメント側の決定にも無理があります。でも、その統括責任者はできると言い張り、続けています。 統合後、事前にスケジュールが発表されていたにも関わらずキャンセルになるギャラリー・ガイドなどが続出中。1993年に始まったアイ・オープナーズ事業は大英博物館の教育事業の成功事例であり、今後の一層の発展が期待されていました。これから大英博物館のボランティア・プログラムはどうなってしまうのでしょうか。
大変ご無沙汰していました。ようやくブログに戻ってきました。9月からはもう少し頻繁に更新したいと思いますので、さらにもう少しお待ちください。さて、今日は僕の大英博物館でのお仕事についてちょっとお話してみたいと思います。
現在、僕は大英博物館のアジア部門で、アジア・ヨーロッパ博物館ネットワーク(ASEMUS)「Self and Other: Portraits from Asia and Europe」巡回展プロジェクトのアシスタント業務や、アジア美術ディプロマ・コースのマーケティング業務に携わっていますが、こうやって内側から博物館活動を観察するのは非常に面白いものです。この大英博物館も所詮生身の人間が運営することには変わりはなく、周りのスタッフがけっこうヘマなんかをやったりしているのを見るのは、これまたなかなか興味深いものです。 アジア・ヨーロッパ博物館ネットワークの方の仕事は、ヨーロッパとアジアへの巡回展の準備を補佐しているのですが、展覧会のテーマに沿って展示物になりそうなものを探さねばならない。そのイメージ画像を、なんとグーグルで探すことが多いのです。たとえば、人魚のミイラのイメージ画像を探しているとします。そしたら、グーグルのページに行って「イメージ」をクリック。それで、「人魚 ミイラ」や「mermaid (もしくはmerman=男の人魚) mummy」と入力して検索。そうすると、いろんな不気味な写真が出てきます。これらが、巡回展で展示される候補としてプリント・アウトされるのです。このように、こちら大英もすっかりインターネット頼みの仕事が多くなっています。もちろん、展示物になりそうなものを大英博物館の収蔵庫や大英図書館に直接行って探すこともありますが、特に大英博物館の所有物でない場合は、まずは「ググる」のが基本。最近では、このように日本でも「ググる」という言葉があるように、英語でも「google」は動詞になっていまして、「I googled his name this morning.(今朝、彼の名前をググってみました。)」なんて使い方をします。博物館でのフォーマルな講演会の講師紹介の時に、司会者がこんな風に言ったりするのです。それくらい、グーグルはイギリスで幅を利かせています。実際、2005年06月20日付けのアサヒ・コムによると、「ヤフーは(日本)国内の検索サービス利用率はグーグルの約2倍だが、欧米各国での利用はグーグルに大きく差をつけられている」そうです。そういったことを、身近で経験的に感じ取っています。少し話がそれましたが、僕がここで言いたかったのは、今の時代、大英博物館であろうが、日本の小規模館であろうが、はたまた、一個人であろうが、欲しいと思った情報を入手しようとする時、その早さや量にさほど変わりはなく、これら個人と組織の間の壁がだんだん低くなってきていると思うのです。つまり、個人や小規模館もしっかりしたテーマと時間と意思と情報へのアクセスと少々のお金などがあれば、大英博物館のような組織にだって負けない良い研究成果や展示成果を出せると思うのです。 次に、ディプロマ・コースに関して。現在は主にそのマーケティングに携わっていますが、これは企業秘密的なところも多々あるので、すべては言えませんが(ふふふっ♪ごめんなさい。)、一職員として携わっていて、なかなか面白い。マーケティングに関しては、かなりゲリラ的な攻め方もあって、それを身近で観察したり、主導したりしています。またコースに関しては、講師陣の質の高さもさることながら、学生のモチベーションや能力が驚くほど高い。たとえ、受講するのが日本美術史の授業だとしても、侮っているとすぐクラスメートに追い抜かれます。 このように、仕事も非常に充実していますが、実は先日ちょっと浮気をしてしまいました。JICA(国際協力機構=旧国際協力事業団)がヨルダンにおける博物館教育系長期専門家の募集を出していたので、応募してみたのです。でも、見事に落っこちました。これに合格していたら、間違いなく大英博物館ではなく、ヨルダンを選んでいたと思います。それだけヨルダンの仕事に魅力を感じていたのです。一応、「第2位面接候補者=補欠合格者」という形ではあったのですが、第1位の方に何の問題もなければ、当然その方が派遣されることになりますから、僕が派遣される可能性はあまりないと思います。こんな時に、「その人に何か問題が発生しますように・・・」なんて、見ず知らずの人間に遠いイギリスの地から呪われても、その方にとっては良い迷惑ですよね(笑)。ですので、そういったことはせずに、次なる機会を待ちたいと思います。単純に考えれば、第1位の方が派遣されるということは、今回第2位だった僕が、次回の受験で合格する可能性も出てくると思います。このブログをできるだけ長い間、博物館教育をテーマにしたものにするためにも、さっさと受かってどこかの国に派遣されたいものです。次回、博物館教育系専門家の要請がどの国からあがるかは分かりませんが、可能性としては、東チモールやアフガンあたりかなと踏んでいます。 久しぶりに長い文章を書いてみました。それではまた。 「大英博物館」のページのトップに戻る
インターンシップ*は熱意と英語力さえあれば、どこかで受け入れてくれるはずです。イギリスはアメリカほどその制度が確立されていないので、自分から乗り込んでいくくらいの気概と、進んで何かを提案していくくらいの積極性は、場合によってはアメリカ以上に必要になるかもしれません。大英博物館においても、インターンシップは制度としてはそれほど確立されている訳ではないので、逆にチャンスと言えるかもしれません。ただ、職員はメールの返事が悪い人が多いです。特に知らない学生からのメールには返事することの方が珍しい、というくらいに考えておいた方が良いかもしれません。その代わり、電話で面接のアポを入れ、直接会いに行けば、採用率はグンと上がると思います。インターンシップをしたい理由が、大学(院)の単位の関係なのか、個人的にインターンシップをしてみたいということなのかによっても、多少アプローチの仕方や実際の仕事の内容が変わってくると思います。それから、インターンシップをするには、それを可能にするビザを持っている必要があります。学生ビザを持っていれば問題ないでしょう。また、イギリスに駐在員として赴任する方や学生として生活する方の扶養家族という事であれば、大丈夫だと思います。ワーキングホリデー・ビザでも大丈夫でしょう。
仕事に関しては、インターンシップで仕事ぶりや人間関係の構築のうまさを周囲に見せておけば、運が良ければ就職につながる可能性はあると思います。また、このブログのリンク集「英語圏の博物館で仕事を見つけるなら、ここ!」をご覧ください。英語力と、実力と、熱意と、忍耐力と、寛容さと、日本人である意味(EU圏外の国籍を持つ自分でなければならない理由)と、空席と、運があれば、どこかに採用される可能性はあります。職務経験があればさらに強いと思います。 就職・ビザ関連情報: *インターンシップは、大学(院)の単位取得の一環で行う以外は、ボランティア扱いになる場合があります。また、もともとボランティアとして公募される場合もあります。 「大英博物館」のページのトップに戻る
アジア・ヨーロッパ博物館ネットワーク(ASEMUS)「Self and Other: Portraits from Asia and Europe」巡回展は、もともと旧民族誌部(アフリカ・オセアニア・アメリカス部に部名変更)のプロジェクトでしが、大英博物館の組織改編に伴い、プロジェクト自体が旧民族誌部からアジア部に移管されました。
旧民族誌部に属したすべてのアジア民族誌専門学芸員が、部名変更に伴い、アジア民族誌オブジェクトと共にアジア部に異動になっていましたが、旧民族誌部長(John Mack=アフリカ民族誌専門)が数ヶ月前に退職したあと空席になっていた部長ポストに、私の上司(Brian Durrans=アジア民族誌専門)が部長代理として任命され座っていたため、彼だけ異動が遅れていました。本日(2005年4月6日)に新部長(Jonathan King=北アメリカ民族誌専門)が採用されたことが正式にアナウンスされ、私の上司も晴れて副部長としてアジア部に異動することになりました。上司が日本の国立民族学博物館の吉田教授と共にASEMUSの巡回展プロジェクトを主導しているため、異動とともにプロジェクト自体も移動することになったのです。ということは、つまり当プロジェクト担当として採用された僕も、そのまま一緒にアジア部に異動ということになります。上司とは、運命共同体のようです。 大英博物館で働くことの醍醐味は、こういった内部事情をつぶさに観察できることにもあります。 「大英博物館」のページのトップに戻る
今、こちらで知り合った元銀行マンの31歳男(修士課程)と、アジア経済研究所研究員(アフリカ経済専門)にしてロンドン大学アジア・アフリカ学研究所在籍の36歳男(博士課程)の2人と、「オヤジの会」を結成しようと画策しています。「第1回 オヤジの会」を近日中に開催したいと思ってます。
今日は「海賊と開発-現代の海賊」というお話を聞いてきました。現在は、世界の中でも東南アジアが海賊被害の多発地帯らしいです。今日お話くださった、東海大学海洋学部の先生(日本人)もリッパなオヤジでした。僕は、英国開発学勉強会(IDDP)の幹事もしていますが、今日の講演会は知り合いの日本人個人の主催でした。内容が面白そうだし、僕の住んでいる所から歩いて10秒のロンドン大学の教室が会場だったので、行ってきました。お話を聞きながら、アメリカの同時多発テロ以降の、特別展用に日本の博物館が海外から借りる展示品輸送の保険料の高騰のことや、イラク国立博物館での略奪*について考えたりしてました。まあもっとも、特別展用のものに関しては、船で運ぶようなことはしないでしょうが・・・。ただ、海賊行為とは、「船舶や航空機に対して行う不法な暴力行為」のことをいうそうで、つまり飛行機からの略奪など不法行為もリッパに海賊行為にあたるそうです(同一船舶または飛行機内での暴力行為は、海賊行為に含まれないそうです。ハイジャックは海賊行為ではないわけですね)。また、「公海(特定国家の主権に属さない海洋)またはいずれの国の管轄権にも服さない場所」で起きた行為に関して海賊行為とされ、領海(沿岸国の領域の一部)で起こった行為に関しては、海賊行為とみなされないそうです。まだまだ世の中知らないことだらけです・・・。 ところで、大英博物館のアフリカ関連の企画展「WEALTH OF AFRICA」にも、タンザニアで発掘された中国銭などが展示されていて、なかなか面白いです。貿易の歴史を語るとき、海賊の話を抜きには語れないでしょうしね。 *イラク国立博物館に対する大英博物館の協力: 現在はイラクの治安不安定化により停滞しているようですが、大英博物館はイラク国立博物館での略奪や略奪物品の密輸に関して、その行為を防止するためのプロジェクトに協力しています。 「大英博物館」のページのトップに戻る
はななさんとの「みんなで、けんけんがくがく掲示板」でのやりとりから、ちょっと感じたことです。
先日、大英博物館学習情報部主催の催しのお手伝いをしてきましたが、イベントを行う際にイギリスの国立博物館では採算が合うかどうか、ということはあまり気にしていないような気がしました。そのような意識は、他館でも似通っているのではないかと思います。文化・芸術などに対する国民・政府・企業など国全体の意識が、日本とは根本的に違うのではないかと思います。まあ、それぞれの館による自助努力も当然大切なのですが・・・。 2月25日に、大英博物館がセネガルから国連開発計画(UNDP)親善大使などもやっている有名歌手(Baaba Maal)を招いて、その方による現代アフリカの社会問題についての講演&歌一曲をやったのですが、チケットは本来5ポンド=約1000円(学生・失業者などは3ポンド=約600円)のはずが、実はほとんどの人が無料チケットで入場していました。どういうことかと言うと、博物館の学習情報部がイギリスのアフリカン・コミュニティー(アフリカン・ディアスポラ)に多くの無料チケットを郵送していたのでした。それでは採算が合わないだろうと思い、友人のスタッフに聞いてみると、「お金が儲かるかどうかは問題ではない。それより、本当に来て欲しい人たちに来てもらえることの方が重要なんだ。トントンであれば十分!」という答えが返ってきました。これには、僕もさすがに参ってしまい、「いやー、最近の日本の国公立博物館とはどこか違うよな~」などと思ったりしたのでした(このように思うのは、僕の偏見のせいでしょうか??)。展示に関しても、やはりそういった意識があるようです。当然、その裏には強力なバックアップ(時には政府や公共団体から、時には民間企業からの資金援助)があるわけです。民間企業からの資金援助に関して、国立博物館の商業化*だと批判の声もあるようですが、こういったことが背景にあるのだとすれば、僕はむしろ素晴らしいことではないかと思っています。政府も企業も博物館に対して理解のある国。羨ましいですね~。 *博物館の商業化: 大英博物館の展示室には、コニカ・ミノルタ・ギャラリーとかアサヒ・シンブン・ディスプレーとか、冠大会ならぬ、冠展示室があります。あれ?これ二つとも日本企業だ!!イギリスばっかりにくれないで、日本の博物館にもあげてください!(日本で、この2社がどんな社会貢献活動をしているのかあまり知りません。しているのでしたら申し訳ありません!) ※なお、この文章は掲示板での「たく」さんとのやり取りの中で感じたことを踏まえて、少々修正しました。 「大英博物館」のページのトップに戻る
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